Author: よっぱらい | Date: 2014年7月28日 | Please Comment!

まあ、人間にあんまりいなくても、真身観文みたいな世界をはっきり認識できたら、それが支えになるのかもしれない。

あと、生きる逞しさって何だろう、と考えてみた。
自分は、あんまり逞しくないというか、わりと脆弱な方だと思う。
あんまり逞しく、他を押しのけてまで生きていくというのも、その必要性がよくわからないのだけど、おそらく、人間にはある程度の逞しさというものが、いろんなところから要請されているのだろう。

とはいえ、仮に逞しくなろうと試みたとしても、どうしようもない自分を抱えて、どうにも脆弱な人間というものは、どうすれば生きていけるのだろうか。
そういうことを考えると、やっぱり真身観文みたいな精神や内容というものは、現代でもとても大切だなあと思う。

たぶん、大切だと言ってくれる人がいないかどうかではなく、仮にいたとしても、それを素直に受け入れることができない自分の心に問題があるんだろうなあと、このごろ少し気付きました。。

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