Author: よっぱらい | Date: 2014年12月8日 | Please Comment!

妥当な報道が行われることである。 それから、原発。
原発事故で、本当は何が起きているかは、容易に国家機密となる。 報道の自由は、人間は信用できないというところからきている。この認識は、正しい。
歴史を紐解けば、政治家も官僚も古今東西を問わず、家族に秘密で任意整理信用できないということが良くわかる。都合がよくないことは、隠すのが、官僚であり政治家である。 彼らが信用できるなどという世迷いごとは、 殺人も強盗もない社会になってからいって欲しい。
フクシマの問題が起きたとき、
1 大手新聞は抑えて報道した。
2 LE MONDEなどが、深刻さをありのままに報道した。
3 日本の夕刊紙が、2を報道した。
4 大手新聞もしぶしぶ認めた。
という経緯をたどったことを、忘れてはならないだろう。
タダでさえマスコミは機能していなかった。 そこにこんな法律ができると、どうにもならなくなる。 歴史を紐解けば、政治家も官僚も古今東西を問わず、信用できないということが良くわかる。

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